第5回 虫たちと付き合う その2 害虫を管理する。

 害虫防除は英語でPest Controlです。あるいはPest Managementと言ったりします。病害虫雑草を含めるとPlant Protectionと言います。日本語の「防除」は「殺す、除去する」というニュアンスが強いように思えますが、英語のControlやManagementは「管理する、抑制する」というふうに聞こえます。近年 Integrated Pest Management (IPM)という考え方が出てきました。要するに農薬だけに頼るのではなく天敵なども活用して病害虫を抑え込もうという考え方です。病害虫雑草が要防除水準(これ以上発生すると被害が出て収穫量・収穫物品質に影響するレベルの発生密度)にならない限り農薬は使用しないという考え方も含まれます。しかし、これには毎日 農園を見回っていなければならず、大変手間がかかる方法であるとも言えます。

 日本の農業現場には「防除暦」があります。農薬の種類と使用時期を記載したカレンダーで農協や行政などが作っています。これに沿って農薬を使えば病害虫雑草をほぼ完全に抑え込むことができます。この問題点は病害虫雑草が発生していなくても農薬を使用することがあるということです。病害虫雑草による被害が出てしまうと農協や行政の指導責任が問われてしまうので、そうならないように若干 過剰防衛になっている傾向があると思います。毎日農園を見回る必要が無く、防除暦を見て準備と作業ができるので、散布回数は増えるかもしれませんが、農家にとってはむしろ楽な方法です。

 病害虫雑草の発生は毎年大きく変化します。しかし、ある程度は発生時期が決まっています。そこで私はわが庭のミニマム防除暦を作っています。言わばIPMと防除暦的考え方の中間です。

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 梅につくモモコフキアブラムシです。アブラムシとしては大型で殺虫剤も効きにくい。天敵のテントウムシが食べていますがアブラムシの繁殖力はすさまじく追いつきません。テントウムシはアブラムシの増加よりやや遅れて出現しますので、殺虫剤の処理をアブラムシの発生初期4月末~5月上旬に行えばテントウムシへの影響は最小限で済みます。我が家ではこの虫については殺虫剤散布が必須と考えています。

  ミニマム防除暦では年3回の殺虫剤散布を行います。散布する樹種を限定していて、庭全体一斉に殺虫剤をまくことはしません。
1回目 4月下旬 梅にアブラムシ用殺虫剤散布  
2回目 5月中旬 梅にアブラムシ用殺虫剤散布
 要するに連休の前と後に梅にアブラムシ剤を散布します。

3回目 6月中旬 椿、つつじ、つげに殺虫剤散布します。 椿にはチャドクガが、つつじにはハバチ(チュウレンジハバチ)が、つげにはツゲノメイガ又はハマキムシが出ます。チャドクガは毒針を持っていて危険ですし、これらの害虫防除に失敗すると木が丸坊主になってしまいます。この時期の散布でツツジのグンバイムシも同時防除できます。さざんか、さつきも同様 です。
 普通の年であればこの3回で害虫防除は終了です。

 ミニマム防除に追加して行う補正散布
 害虫の発生パターンは年によって大きく変化します。多発生の場合は上記のミニマム散布だけでは害虫の発生を抑えきれません。園内をよく見まわって害虫が多い場合は殺虫剤を追加散布します。この時も害虫が発生している樹種に限定して散布し、庭全体に一斉にかけることはしません。
6月  梅のアブラムシ防除  年によってはアブラムシが大発生します。
7~9月 さつき、つつじのハバチ防除 椿、さざんかのチャドクガ防除 つげのメイガ防除
これらは毎年発生するものではありません。しかし、油断するとひどいことになります。 夏の暑い時期 油断すると1週間で大事な木々の葉がなくなるということもあります。

f:id:tanemaki_garden:20210304093621j:plain つげの苗木の葉がメイガに全て食べられました。8月下旬にほんの1週間ほど目を離した隙にやられました。真夏から秋にかけて突発的に害虫が出るので油断できません。

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 以上のように回数限定、散布目標限定で最小限になるように殺虫剤を使っていますが、それでも我が家から秋の虫の声が消えました。コオロギなどバッタの仲間は年1回しか発生しません。どこかで生活環が切れるといなくなってしまいます。残念です。

殺虫剤の選定について
 4月~5月のアブラムシ防除にはネオニコチノイド系殺虫剤を使っています。アドマイヤ、モスピランなど数種類あります。殺虫力に偏りがあり、チョウ目(イモムシ・ケムシの類)への効果はそれほど強くありませんが、アブラムシ類へはよく効きます。最近 ミツバチに効きすぎると批判を浴びているのがこれです。しかし、臭いがほとんど無いので住宅地では使いやすい。蜂に強く効くのは事実なので、蜂を殺さないように花が咲いている時期は使わないなどの配慮は必要です。
 6月以降は有機リン系殺虫剤を使っています。古くからあるタイプでいろいろな虫に効きます。スミチオン、オルトランなど数種類あります。欠点は木の種類によっては新葉が黄化するなどの薬害がでることです。特に高温時は桜などに要注意です。また臭いが強いので、私は早朝まだ近所の皆様が寝ているうちに散布することにしています。
 ピレスロイド系(除虫菊成分の誘導体)殺虫剤も広く使われています。家庭園芸用の殺虫剤の成分を見るとこれが多いようです。速効性で幅広くいろいろな虫に効きます。欠点は浸透移行性がなく、葉の裏まで散布しないと隠れている虫に効かないことがあること。それにとても強力な殺虫剤なので虫の天敵まで殺してしまい、しばしば繁殖力の強い虫が大発生することです。このように殺虫剤が原因で虫が大発生する本末転倒な現象を専門用語でリサージェンス(resurgence)と言います。我家でも一度梅のアブラムシ防除に使ったところ普段はみかけないカイガラムシが木が枯れるかと心配するほど大発生しました。ピレスロイド系はカイガラムシにはほとんど効きません。逆にカイガラムシの天敵である寄生蜂を殺してしまったのでリサージェンスが発生したと考えています。ちなみにカイガラムシに効果がある殺虫剤は少なく、ほとんど劇物なので家庭では入手困難です。冬季のマシン油乳剤散布くらいしか打つ手がありません。鉢植えや家庭菜園くらいならピレスロイド系を使っても問題ありませんが広い範囲に散布するのは避けた方が良いように思います。なお、プロ農家はだいたい10日おきに農薬散布しますので、リサージェンスした害虫もまた殺虫剤で抑え込んでいるわけです。

防除が難しい害虫  
 カミキリムシ類 幼虫が樹幹に入り込んで木の中身を食べます。庭のモミジが急に元気がなくなって、夏なのに紅葉したりして枯れてしまうのはこの虫が原因である場合が多い。プロの農家はほぼ10日おきに殺虫剤散布するので防除できますが、アマチュアはそんなことはできないので、事実上 防除不可能になります。木の幹がある程度太くなると侵入してきます。対策無しなのでモミジは寿命の短い木とあきらめた方がいいと思っています。 
 コガネムシ類 成虫が葉を食害して穴だらけにします。体が大きな昆虫なので、殺虫剤が直接当たらないと死にません。殺虫剤をかけても逃げるだけで戻ってくることもあります。これで木が枯れてしまうことはないので特に防除はしません。この虫のおかげで夏頃には我家の梅の葉は穴だらけになっています。


 無農薬について
 無農薬で農業ができると主張する方々がおられます。私は無農薬農法を否定しません。無農薬で農産物が得られる年もあるだろうと思います。しかし、何度も申し上げているように病害虫雑草の発生は年によって大きく変動します。ある年にうまくいっても次の年に成功するとは限りません。農業は食料を生産するという大切な産業です。それが運に左右されてはいけないと思います。趣味であれば構いません。

 私も秋冬作の葉物野菜(大根、小松菜など)を無農薬で作っています。春夏作で葉物野菜を作るのはお勧めしません。5~7日おきに殺虫剤をまかないと害虫に全て食べられると思います。害虫の少ない秋冬なら多少食われますが、なんとか収穫できます。春夏作でも枝豆やトマトなら半分くらいは害虫の餌になりますが収穫できると思います。ジャガイモやサツマイモも可能でしょう。無農薬で可能な作物とその栽培時期は相当限定されると思います。

 樹木の場合 害虫に大きな被害を受けると回復するのに2年以上かかる場合があるし、場合によっては枯死します。そんな経験をしていますので、殺虫剤でコオロギなど害虫以外の虫がいなくなることは悲しいですが最小限の殺虫剤散布は行っています。

 農薬の安全性証明のメカニズムについては長くなるのでやめます。私の見解ですが、作物への農薬残留の安全性はとても精緻に立証されていてほとんど心配ないと考えています。しかし、農薬を散布する人=作業者は作物残留などよりもはるかに多量の農薬を浴びるわけですが、自分の身は自分で守る原則なので、若干心配しなければいけないと思います。世界的にグリホサートの発がん性が話題になっていますが、これは作業者安全の問題です。農産物には極微量しか残らないので問題ありません。作業者に対する安全性と農産物の安全性とは次元の違う別の話ですので混同してはいけないと思います。農薬の使用が多いのは夏です。その時期に完全防備で作業したら熱中症で倒れてしまいます。作業者の安全に100点満点の回答ができないジレンマがあります。

 今回は理屈っぽくて申し訳ありません。害虫及びその被害の写真はおいおい追加します。また、昆虫の名前に詳しくないことはご容赦ください。次回は「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」 樹木の剪定の話です。