爺の細道 お四国病について 後編

 絶景との出会い 

 番外霊場 星が森から眺めた石鎚山です。愛媛の第60番札所 横峰寺のからさらに少し登ったところです。これは1月で石鎚山は霜で真っ白でした。山岳宗教 修験道の始祖 役行者(えんのぎょうじゃ)がこの場所から石鎚山山頂に蔵王権現の降臨を見たとの伝説があります。この光景に出会ったら古代人が石鎚山は神の山だと感じるのも当然だと思いました。

 古岩屋(ふるいわや) 愛媛県 久万高原にある40番札所大寶寺から41番札所岩屋寺へ行く途中にあります。礫岩という大きな石を含む堆積岩が浸食されてできた礫岩峰が並んでいます。

 室戸岬の夜明け 岬観光ホテルの部屋から撮りました。1月 寒波襲来の日でした。

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 金比羅宮本堂前から眺めた讃岐平野 富士山型の山がたくさんあります。およそ1400万年前の溶岩の噴出の跡だそうです。以前 やはりきれいな富士山型の白山(しろやま、37番札所長尾寺の近くにある)に登ったことがあるのですが、火口はありませんでした。不思議な景色です。

古代巨石信仰の痕跡

 室戸岬 夫婦岩の竜燈 室戸岬の先端から北へ約15kmのところにあります。この岩に竜燈が灯り、近隣の人々がそれを種火としたとの伝説があります。竜燈とは普通は蜃気楼のことです。岩から火が出るとは考えにくいのです。よく理解できない伝説でした。

 足摺岬 竜宮神社 バス停を降りて亜熱帯植物の樹林を抜けるといきなり視界が開けて息をのむ光景が広がりました。写真ではうまく表現できないのですが、岩山がお椀状にくぼんでパラボラアンテナのようになっていて、そのパラボラの焦点に小さなお堂があり、それが竜宮神社でした。古代人が神聖な場所と認識するのも当然だと思いました。

 足摺岬 唐人遺跡 縄文時代の遺跡です。これらの岩に残る地磁気の痕跡を調べると人間が動かしてこの形に集めたものであることがわかるそうです。唐人遺跡の名前は、この遺跡は日本人が作ったものではなく「唐人」つまり外国人が作ったと考えられたことから来ています。

 45番札所 岩屋寺 礫岩峰のくぼみに埋まるように建てられています。崖がオーバーハングになっていて礫岩に埋まった石が落ちれば屋根を直撃します。この本堂は1927年に建てられていてそれほど古くありません。それでも百年近く無事でいるのは奇跡だと思います。この寺の本尊はこの岩山だそうで、まさに巨石信仰です。

 徳島の第14番札所 常楽寺 岩盤の上に寺が建っています。元々 巨石信仰の聖地だったところに寺を建てたのではないか、というのは私の勝手な想像です。

 番外霊場 不動岩 高知県室戸三山の一つ第26番札所 金剛頂寺奥の院です。空海が明星が口に飛び込む霊感を得たのは、室戸岬の御蔵洞(みくろど)ではなくここではないかとの説があります。この裏側は黒潮が砕け散る絶壁になっています。

 焼山寺山 山中の巨岩群 徳島の第12番札所 焼山寺からさらに登ったところにある巨石。左が竜王窟、右は大蛇封印の岩です。四国の緑色の石 緑色片岩の巨岩です。

 

 旅の終わりに

 88番札所 大窪寺の門前にあるうどん屋の名物 打ち込みうどん。野菜など具がたくさん入って白みそ仕立てで唐辛子が効いて体が暖まる一品。バスを待つ間 これを食べながら、もう終わっちゃうのかあ、としんみりしました。

 お遍路は最高の旅でした。

 私は公用と私用で日本じゅう及び海外数か国を旅してきました。そのどんな旅よりも四国のお遍路は面白かった。毎日のように驚きと感動がありました。私はお遍路を2回回りましたが、やっぱり1回目と2回目を比べると2回目の方が感動が薄くなるのは仕方ありません。さて、もう1度まわった時、最初の時のように感動できるかと言うと自信ありません。ここで「ああ面白かった」と旅の記録を閉じるのが賢明のような気がします。

 歩き旅はまだまだ続きます。

 余談 歩き旅のダメージ。私の足の第2指(人差し指)は少し長いので、靴の中で常に当たっています。靴は合っているのですがこれで一日に3万歩とか歩くとチマメができます。汚い写真で申し訳ないが長距離歩くのは大変だという証拠です。私はちょっとマゾの気があるのではないかと密かに思っています。