番外編:ライブビューイングで「ドン・ジョバンニ」を見てきました

 ライブビューングとは実際の舞台を映画に撮って映画館で見るシステムです。サッカーのパブリックビューイングと同じです。松竹がニューヨークのメトロポリタン歌劇場のライブビューングをやっています。映画館が少ないし、料金が高いし、上映時間が4時間くらいかかり、だいぶマニアックです。

 高校時代にレクイエムを聞いて大泣きしてから60年もモーツァルトにハマっています。ところが代表作のオペラ「ドン・ジョバンニ」を聞いたことがありませんでした。このオペラは「ドレミファソラシドで書かれた音楽としてはおそらく人類史上最高傑作」と吉田秀和氏が言っていたほどの代物なので(もしかしたら私の記憶違いかもしれない。その時はごめんなさい)、ぜひ聞きたい見たいと思ってました。そのライブビューイングを見に行きました。お客さんは100席の会場に20人くらい。平日のこともありみんな高齢者です。料金は3700円とかなり高め。音が割れずに各楽器が鮮明に聞こえると言う意味で、音質はまあまあ合格。  新演出にビックリ

 冒頭 目を付けた娘(ドンナ・アンナ)を夜這いしようとして騒がれて失敗したドンジョバンニが、追いかけてきた娘の父(騎士長)に決闘を申し込まれるところから始まります。これまでの演出であれば互いに剣を抜いてチャンバラになるのでしょうが、この演出ではドンジョバンニはいきなりピストルを抜いて娘の父を射殺します。さらに後半のドンジョバンニの邸宅における舞踏会にしても華やかな舞踏ではなく大勢の人々が立って揺れているだけです。チャンバラとか舞踏会とかを簡素化して本筋を強調しようとした演出家の意図でしょう。これは認めます。なお、ドンジョバンニはスーツにネクタイ姿、他の登場人物も現代のニューヨークで見かけるような服装です。

 歌手の圧倒的な歌唱力

 ニューヨークのメトロポリタン歌劇場ですから超一流をそろえて、圧倒的な歌唱力で押しまくってきます。4時間もかかる舞台で歌い続け決して声がかすれることはなく音程が外れることもない。そこに天才モーツァルトによるオーケストレーションが絡みます。このオーケストラもほとんど完璧です。音楽の流れを熟知した指揮者の力量はすごい。単なる伴奏ではなく歌唱との相乗効果が確実にあります。なお、この指揮者は女性(ナタリー・シュトゥッツマン)でした。

 音楽はもちろんすごい。だけど歌詞が????

 オペラは語り(レシタティーボ)と歌(アリア)の連続でできていますが、このオペラは語りが少なくて歌の連続で物語が進んでいきます。モーツァルトはすごいスピードで音楽を産み出すことができた人だったのでできた技でしょう。問題は歌の内容の薄さです。例えば父を殺され悲しみに暮れるドンナアンナを残して恋人オッタービオが警察に駆け込もうとして歌うアリアがかなり長くて技巧的にすごいのだが、内容は「私がいない間 彼女を見ていてくれ」ということだけだったりする。もちろん私は字幕を見ているのですが、音楽のすごさとバランスが取れていません。大きなストーリーは悪者ドンジョバンニが地獄に落ちる話なのですが、細かい話は彼が女を口説こうとして右往左往するだけなので、音楽のすごさとストーリーのバランスがそもそも取れていない。

ドンジョバンニの女癖の悪さを知っていながら彼に惹かれていく女たち

 女性が3人登場します。熟女(ドンナ・エルヴィーナ)、大人の女(ドンナ・アンナ)、若い女(ツェルリーナ)。熟女とは少し長い関係だったらしい。大人の女には夜這いをかけて失敗しています。若い女は既に別の男と婚約中です。ドンジョバンニはこの3人の女を同時に別々に口説こうとします。やがてこの3人は出会いドンジョバンニの悪癖を知るところとなるのですが、それでもそれぞれ一人になったところを口説かれるとよろめいてしまいます。これらの場面は触ったり抱き着いたりかなりエロイ。このあたりはやはり女たらしだったらしいモーツァルトの女性観が出ていると思います。  なおこの若い女ツェルリーナは上白石萌音に似たかわいい中国系の歌手が演じており、その婚約者マゼットは黒人が演じていました。この黒人は昔のプロレスラー ブッチャーを連想させる太めの禿げた中年でどう見ても美形ではない。この上白石萌音とブッチャーが愛し合い抱き合ったり転がったりするのはかなり違和感あり。しかし、二人とも歌唱力は超一流。

最後のドンジョバンニの地獄落ちはすごかった。

 冒頭でドンジョバンニに射殺された娘の父が亡霊となって現れ、ドンジョバンニを地獄での晩餐に誘います。それをドンジョバンニは受けて地獄に連れ去られます。ここで舞台の背景が回転してスクリーンとなりプロジェクトマッピングによる地獄の炎が燃え上がります。そこで響き渡る亡霊の歌声はこの舞台のクライマックスでしょう。バスの歌手が演じていますが、低音をここまで朗々と響かせる発声は超人的です。

ドンジョバンニはそんなに悪い奴なのだろうか?

 この男は大金持ちで性欲・食欲が非常に強く、女性1800人と関係したという設定です。嘘つきで反省しないなど典型的なサイコパスです。それが最後に地獄に引きずり込まれるほどの罰を受けます。私は、殺人も決闘の結果なのだし、普通に刑務所で懲役刑が妥当と思うのですが。

オペラビューングは年1回くらいかな  オペラビューイングに来たのはこれが2回目で、1回目はプッチーニトゥーランドットでした。豪華絢爛で規模の大きな舞台は目が点になりました。オペラは4時間以上かかります。それに松竹のシネプレックス(MOVIX)への行き帰りの時間も入れるとほぼ一日仕事になります。次回はモーツァルト魔笛が7月14日から始まります。演目としては申し分ありませんが、疲れたので次は来年以降にしようと思います。